19.巡り逢い



「ふう、散々だった…」
「平気か?ふらふらしているぞ」
水のにおいがした。日差しが射すように暑い。からりと晴れた久しぶりに歩いた 地上でチェルリスは仲むつまじく会話している背の高い少年達を眺めていた。
二人がどんな関係なのか気になって仕方ない。恋人同士という訳ではないようだ が、二人の仲はとてもいいようだ。
「なんならおぶってやるぞ」
「な、何馬鹿なこと言ってるんだい!平気さ、少し疲れただけで…」
「フロウ、無理しないほうがいいわ、あなた相当踊っていたもの。ねぇへヴン、 あなたがこれから連れていってくれるという家…本当に平気?」
二人のやり取りに苦笑しながらチェルリスは口を挟む。二人は痴話喧嘩をやめて チェルリスのほうを見た。
「どういう事だ?」
「え…えっと信用ある場所…かしら?あなたを疑っているわけではないのよ、た だフロウをゆっくり休ませたいし」
へヴンはフロウの手を引きながら後ろを歩くチェルリスを見下ろした。それから ふわりと微笑む。チェルリスは密かに息を呑む。
「それなら心配はない。私が向かっているのは私の姉上の家なのだ。狭いが快適 で、いい家だ。私の弟もそこにいる」
「姉?」
そう尋ねたのはフロウだった。
「ああ、前話しただろう、姉が一人いるって。フロウやチェルリスのことを紹介 したいんだ」
「へぇ…あんたの姉かぁ。美人だろう」
「そうだな、確かに姉上は美しいが私と血は繋がってないそうだ。だから似ては いない。どっちかっていうと弟のほうが…」
フロウがそこで妙な顔をした。チェルリスは口を開きかけたが、その前にへヴン がチェルリスに尋ねてきた。
「そうだチェルリス。あなたは兄がいると言っていたが、彼の名前は?」
「え…」
チェルリスは戸惑った。自分の兄の名は自分のものとはわけが違う。生来授かっ た彼の名を明かすことは、家柄もそのまま明かすことになる。 チェルリスはこのへヴンという少年を疑っているわけではなかった。ただ、彼の 面差しが気になっていただけで。
へヴンはきっとチェルリスと同じ、支配階級の家柄に生まれた少年だろう。仕草 や話し方ですぐわかる。そして銀色の髪、藤色の瞳。あの子と同じ、王家の色。 チェルリスは覚悟を決め、兄の名を明かした。
「ウェストワード十五世よ。聞いたことあるでしょう?」
シトラス家の男子によくおくられる名がウェストワードだ。しかしへヴンはチェ ルリスの予想に反した反応を返した。
「やっぱり……似ていると思ったんだ」
「えっ、へヴン、兄様の事知っているの?へヴンはもしかして王家の…」
「そうだ、こいつは王子だよチェルリス。……あぁ疲れた、ちょっと休んでいい かい?」
フロウは大きく息をつくと道の端に座り込んだ。全く、一人で気楽なものだ。驚 きで口もきけなくなっていたチェルリスに気づかず、またへヴンに尋ねる。
「さっきは歩くのに精一杯で訊けなかったけど、あんたさっき“弟”と言わなか ったかい?二回ほど」
「ああ」
「だけど昔あんたがあたしに言ったことには、あんたは末じゃなかったかい?そ の弟は…」
「王太子さ。彼は私の双子の弟だった」
「王太子様……?」
今噂の?チェルリスは目を白黒させた。
「そうだ、名前は…」
――それからチェルリスは自分がどんな道を通って彼の元に向かったのか、まるで覚えていない。



シダフレスは紅き森ルビーレッド・グローブの麓にある。西の空は夕焼けで 紅く染まっていた。森の木々も葉を高揚させて、一色真っ赤だ。あまりに美しい 光景にスワンは目を細める。古の女神も心を奪われたという場所は遠目にも心を 奪われた。
(へヴン…おそいな)
スワンは倒れてから初めて家の外に出ていた。へヴンと話した後眠って起きてみ ると彼はいなかった。そばにいたアルカイドに尋ねたところそう遠くには行って いないが、と言葉を濁されてしまった。微熱は下がっていて身体の調子はかなり 良くなっていたので先程庭から出ないという約束で外に出してもらったのだ。
ちいさな畑の前の切株に座って足を投げ出す。温度はだんだん下がっていく時間 で風邪がぶりかえさないようにと長袖の上衣を着せられていた。
いつか雨が降っ たのか、少しじめじめした湿っぽい空気だが、病み上がりにはちょうど良い気温 である。久しぶりに吸った外の空気もとても気持ちがいい。
(夏だなぁ…)
シトラスにいた頃は、よく夏の高原を走り回ったっけ。シトラスは街並みも栄え ているがそれと同時に自然に恵まれた場所だ。ウエストリアの中で最も美しい所 と言っても過言ではない。紅き森の美しさに魅せられたが女神が次にシトラスに 身を移したというが、それも頷ける。
スワンは頭の中によぎる神話の数々に苦笑した。ウエストリアには数多くの神話 が分散して点在しているから、自分ほど詳しい人間も少ないだろう。だがスワン は別に神話を教え込まれたわけでも、好きだったわけでもない。むしろ興味があ るのは数学や最近言う科学の分野だ。
不思議なものだった。二年も経ったというのに未だ頭の中で、今も彼女が語る神 話が聞こえるのだ。
(彼女の事を考えているときにだけ、ぼくは元の“スワン”に戻れるのかもしれ ない)
一種の夢のようなものかもしれない。今もまだ、自分はあの場所に戻りたがって いるのだ。
「スワン…」
ほら、また聞こえる。


ふんわりと、優しい花の香りがした。長い事かいでいなかった、甘くて懐かしい 匂い。それをたぐるように、視線を横に滑らせる。
――夢を、見ている気がした。



彼女に逢ったら、きっと泣くと思っていた
でも、涙は出なくて
だって、彼女が代わりに泣いてくれるから…



茶色というか金色に近い狐色の巻き毛。瞳は底が見えない蒼碧で。精巧な人形の ように整ったおもざし。背は、ぼくの視線の高さくらい。
全てが変わってないようで、彼女はきっと変わっていた。
彼女を胸に抱きとめても、まだ信じられなくて。
「スワン…何処に行ってたの?」
強い口調で叱られた。でも裏腹に、声は涙で湿っている。
「すごく心配したのだから…」
「チェルリス……」
やっと、声を出すことが出来た。
チェルリスが顔を上げる。スワンは、それをこれ以上ないほど愛おしいものに感 じた。涙に濡れた大きなエメラルドのような瞳が、自分だけを見ていてくれると いうだけで苦おしい程だった。
自然と、彼女を抱く腕が強くなる。もう、離れられない、離したくない、この少 女を。スワンは自分の胸に抱きついてしゃくりあげているチェルリスにやさしく 言った。
「泣かないで、チェル。本当にごめん…探してくれてありがとう」
「違うの…わたしこそあなたに謝ろうと思って、あの時あなたはわたしを助けて 捕まったでしょう?」
「そんなのいいんだ、ぼくが君に捕まって欲しくなかったんだから」
――チェルリスはこの言葉をどんなに嬉しく思っただろう。スワンは不思議とチ ェルリスが一番望んでいて、必要としている言葉を全て言ってしまうのだ。後に も先にも、そんなふうに出来るのは彼一人。
スワンだけは絶対、わたしをただのチェルリスとして見てくれる。
「スワン…もう何処にも行かないで」
約束して、もう勝手に消えてしまわないと。誓って。
「…わかった」
スワンはチェルリスの瞳に手を伸ばして涙をすくった。それから泣き出しそうに 微笑んで。
ちいさな嘘を今彼女についたから。
(もうチェルリスを泣かせない)
たとえ自分の手に入らなくても、チェルリスには幸せでいてほしい。彼女が自分 を同じ様に見てくれなくても構わない。
禁忌はずっと感ていた。何故か自分は、彼女を好きになってはいけないのだとい うことを知っていた。
だから、今だけ。これだけで充分幸せだから。
ふいに彼女の肩に回していた左腕がふいにうずいた。わかっている、今だけだか ら。
ぼくはこの運命に絶対君を巻き込みたくないんだ…



二人の姿を遠くからへヴンとフロウは見つめていた。
「よかったな」
「…ああ」
抱き合って身をよせあう少年達はは本当に幸せそうで、微笑ましい反面、フロウ の心は痛んだ。
過剰な愛が生むのは悲しみだけ、そんな唄があった。二人の幸せにはもやがかかっている気がした。
何か、予感があった。
「フロウ」
突然傍らのへヴンが自分を呼んだ。
「なんだい?」
「私に、“私”を教えてくれないか?」
真剣な、面持ちだった。
風が通り抜けて二人の髪を踊らせる。たなびく見事な銀髪を抑えて、へヴンは微 笑んだ。
「これからは、それでは生きていけないと思うから」



双子の王子と伝説の乙女は巡り逢った

この後に廻りだす運命のいたづらをしる者はない

ただ、暫しの安息を夢かたり


対極の双王子〜第一章〜 終


 

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