16.不思議な君との関係



所変わって、とある街から隔絶された森にある隠れ家の中で。
「もぅっ、しっんじられない!なんでこんな所に人がいるのよ、まるでねずみの 隠れ家だわ」
「…いちいちうるさい小娘だなぁ。立場わかってんのか?」
「ええ勿論。わたしが善人であなた達が悪人。しかも悪人の中でも極めつけの悪 人ね、こんな所に女の子をつれこむなんて…」
「チェルリス、うるさい。少し黙ってな」
チェルリスはいやに落ち着いて突っ込んできた少女を睨んだ。
「どうしてそんなに落ち着いているの?そもそもあなたが…」
「そっちのほうがいろいろと安全だと思ってね」
フロウは自分から簡素な作りの牢に入り石畳の床に座り込んで膝を立てた。裾が 開けてなまめかしい股が露になる。
「ほら、さっさとあんたも入りな。あんたは絶対助かるから」
「わたしは絶対身代金なんか払わせないわよ!」
結局チェルリスはかなり抵抗してからやっとフロウと同じ所に入れられた。被害を こうむった数人の男達は額の汗を拭いながらぼやく。
「…本当にこの子リスがシトラスのお嬢様なのか?」
たちまちチェルリスは噛みついた。
「なんですって!」
「気持ちはわかるけど、事実だよ」
フロウは念を押した。押せば押す程彼女の身は安全になる。 男達が牢にしっかり鍵を下ろして出ていくとチェルリスはいじけたように膝を丸 めた。
「なによあいつら、絶対許さないんだから!」
「…何であんなに暴れたのにそんなに元気なのよ」
フロウは溜息をついたようだ。チェルリスは上目づかいでフロウを見る。
「…どうして、わざと捕まったの?」
「さっきも言ったよ、そっちのほうがいろいろと都合がいいと思ったからさ」
フロウは長い髪を指先で捻る仕草をしながら話す。
「さすがのあんたでもあれだけの人数を一度に相手にするのは無謀だ。一人なら ともかく、あたしは完全に足手まといになるからさ、あんたの性格じゃあたしを 見捨てりゃいいのにしないだろう」
「うっ…」
見事図星を突かれてチェルリスはうつむく。フロウはやれやれと呟きながら地面 に横たわった。疲れたとは言っていたが彼女には体力というものがほとんどない らしい。
ほどなく彼女はすぐ寝入ってしまい、チェルリスは牢の隅に置かれた上掛けを彼 女にかけてやった。そのさい改めて彼女の横顔を観察する。
(やっぱり綺麗な人…)
長旅でだいぶ荒れていた肌や髪をチェルリスが整えてやったせいもあって、今の フロウはとても美しく見えた。
フロウは決して自分と同じような裕福な育ちではないだろう。しかし彼女はとて も頭がいい…“眼”が優れているというのだろうか。乱暴に言葉を扱っていても 何処か話題が洗練されていて、会話がよどむことはなかった。
(フロウはいつも冷静に、正しい事を見極めているわ)
気づいてはいた。自分のように感情的にならず、よりよい方に物事が運ぶよう、 彼女は気を配っている。
自分も落ち着かなければならない事はわかっていた。チェルリスも普段は常に笑 っているよう心がけている。厳しい一族のやっかみから逃れる方法として習得し た、自分につける唯一の嘘だった。
(わたしは焦ってる…まだ時はあるのに、それでも…)
焦ってはいけない。でもチェルリスは一時的でもここに閉じ込められているのが 辛かった。一刻も早く、捜したくて、苦しかった。
「ん…」
その時フロウが寝返りを打った。意外と寝相は良くないらしく、せっかく掛けた 上掛けが肩からずりおち、素肌を晒す。
チェルリスはもう一度彼女に近づき上掛けを拾った。あまり良くない材質を掌に 感じつつ、ないよりはましだと考える。そしてもう一度彼女の上にそれを掛けよ うとして…手が止まる。
チェルリスは軽く息を止めてフロウの首から胸のあたりを眺めた。豊満な身体を 眺めている訳ではない。彼女は首から、光の発する“何か”を下げていた。
そっと持ち上げてみると、それは巨大な波動石がついた指輪のようだ。暗がりに 輝く光は水の色。その美しさにしばし息を呑み、その輝きの強さがまるで自分の 波動石と同等である事に気がつく。
チェルリスも馬鹿ではない。むしろ一族の子ども達の中では相当賢いほうだ。勘 も、鋭い。
(…わたしはフロウと共に逃げないと)
策を練るのはチェルリスの大得意分野だ。退屈しのぎにもなるし、チェルリスは だんだん暗くなっていく牢で専ら自分の世界に入り込むことにいそしんだのだ。



へヴンは弟の顔を見るまで、放心したままだった。
「へヴン…来てくれたんだ」
スワンは肩を長身の青年に支えられてはいたが、別れた時よりだいぶ顔色が良か った。色を失っていた顔が赤みをおびているせいだろう。
スワンはへヴンをのぞきこむようにしてからゆっくり近寄って来た。それから彼 がしでかしたことにへヴンは息を呑むほど驚く。彼はへヴンの肩に腕を回し、強 く抱きついたのだ。二人の身長差はちょうど頭一つ分ほど。
「ごめん、心配しただろう。へヴンは背が高いな、肩に届かないじゃないか。本 当にぼくらは双子なのかな」
「スワンが食べないだけだ。む、しかも今度は熱があるな。また勉強してたんだ ろう」
「やめてくれ、もう叱られるのは散々なんだ」
スワンは投げやりに答えつつへヴンを抱き締める腕を強くした。それからつやつ やした大きな瞳で、へヴンを見上げる。弟の瞳は本当に澄んでいた。
「それで、説明してくれないか?どうして君は呆然としていて…メイプルさんは 泣いているんだ?」
それこそ、ここにいる誰もの疑問だった。悲鳴を聞いてアルカイドの家にいたア ルカイド、ウェストワード、そしてスワンは飛び出してきたのはいいが残りの二 人は完全に当惑していた。へヴンを知っているのは自分だけなのだから無理もな い。二人は自分スワンとそっくりな少年がメイプルの目前にいることに仰天 しただろう。
スワンの問いを受け、へヴンはもう一度涙を流す女性を省みた。昔から少し大人 びた姉は美しかった、少しおかしかったが。思えばコンサントの兄上といい、こ の弟といいへヴンの兄弟は容姿は良くとも変わった人間ばっかりだ(もっとも、 本人も充分変わっていることには全く気づいてないようだ)。
「アルカイド…この方はわたくしの弟…性格には義弟となってしまいますが、三 番目の王子、へヴンですわ。以前、お話したこともあったでしょう?」
へヴンが勝手に考えているうちにメイプルのほうが話始めていた。メイプルは家 から飛んできた二人の青年の一人にしがみついていた。彼も彼女の肩を支え、言 葉に耳を傾ける。
「まさか、あのフェザラー王妃様の子どもという奴か?」
「ええ、そのまさかですわ」
「ちょっと待て。さっきスワンはこいつと双子だと言ったな?」
相変わらず頭の回転が速すぎる青年は視線をずらし、へヴンからやっと離れた少年を見る。
「……はい」
スワン視線を落とした。とうとう、口にしなければならないようだ。
「ぼくは、へヴンの弟みたいです。明確な証拠はないけど…何となく、ぼくには わかる。そして、記録にも残っているそうです」
「な…まさか…」
声を上げたのはスワンの義理の兄のウェストワード、スワンが十三まで共に育っ た兄。絶句しているようだ。
へヴンはこの青年に見覚えがあった。色素が薄い茶の髪を上品に後ろにまとめた 、若草色の瞳が特徴的な好青年。へヴンはスワンの言葉に重ねる様に口を開く。
「ウェストワード将軍、スワンは確かに私の弟です。私の対極となる私の唯一の 弟、間違いありません」
驚いて顔を上げたのはスワンだった。
「へヴンはウェス兄様を知っているのか?」
「ネイト…朝日の騎士の後見をしていたのはあなたでしょう。多分私の事はお分かりにならないとと思います…化粧していたから」
ウェストワードのほうはしばらく自分の背丈ほどのへヴンを見返し、呆気にとら れたように呟いた。
「男神の神殿の剣姫グラジオラス…?」
「なに?ウェス馬鹿かお前は、こいつはどうみても男だぞ」
つかさずアルカイドの厳しい突っ込みが飛ぶ。
「いえ、いいんです。事実ですから…えっと」
へヴンは絶妙な突っ込みをしてきた青年を見た。胸にはしっかりメイプルを抱き 締めている彼は、はっきり言ってウェストワードとはまた違う、かなりの美男子 だった。美しい姉と身を寄せているとまるで絵に描いたように美しい。先程から へヴンを“こいつ”扱いしている強者である。
「俺はアルカイド・フィールド、知らなくても無理もないし結構だが…よくわか らなくなってきたぞ。つまり、メイプルが王女だった頃お前、へヴンって言った か?が弟で王子だったんだな。で、それでウェスの家に引き取られていたスワン が実はそのへヴンと双子で弟…」
「つまりメイプルさんはぼくの姉という事ですか?」
ここでアルカイドの言葉を唯一理解出来たスワンが口を挟む。
「ややこしいがそれも違う。メイプルは確かに王女だったが王家と血が繋がって いないんだ」
「あ〜むり、俺降参!」
叫んだのはウェストワードだった。彼は額に手をやってうめいていてもう限界の ようだ。
「つまり今メイプル様は弟と再会して、そしてその弟はスワンの実の双子の兄で もあったんだろう?よかったじゃないかそれで」
「ウェストワード様の言う通りですわ。へヴン、あなたもわたくしの家に是非いらっしゃって、お茶でもしません?」
続いて離脱表明をしたメイプルがへヴンの腕を引いて家へ戻ろうとする。既に涙 は乾いていて気持ちはきりかわっていた。本当に嬉しそうな姉にへヴンもだんだ んどうでもよくなってくる。
家に戻ろうとする三人の背中を眺めながら顔を赤く熱らせたスワンがアルカイド を見上げる。
「ルカ兄様、どうしますか?説明したほうがいいですかね…」
「…いや、どうせあいつらには理解出来ないだろう。スワン、俺らも戻るぞ」
アルカイドはもう一度スワンの額に触れ、無言で彼を抱え上げて後に続いた。
全く、この熱でよくあのややこしい関係を理解したもんだ、こいつは。アルカイ ドは密かに感心していたのだ。

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