――双子の王子が生まれしその日この地は呪われ息尽きるだろう――


『何が起こった?(さぁ知らないさ)
呪われた国、藤の楽園
名前に騙されちゃ(いけないさ!)
百年に一度その日はくるさ
楽園の果実を(喰らうため)

どうして誰も止めないんだい?
美しい娘の犠(いけにえ)を
娘は鳥に喰われてしまう
この地と全てをひきかえに

娘を喰うのは蒼い羽か
白い羽の神という名の悪魔
そのどちらかに生まれし王子
王子はこの世を(滅ぼすぜ)

さぁ血祭りだ、犠を上げろ
お国と娘、どちらが大事?
をっと今年は意味なしか
終末の年がついに訪れる

双子の王子の
生まれしその日

この地は呪われ
息尽きるだろう

択ばれし娘も
同じく二人

神のちからを
もってしも

その身の業が
天分かつ時

二神の想いは…』









「…果たされようぞ。」



鈴の様な声が水面にこだました。自然に溶け込む美声はあっという間に余韻すら 消える。しばらくしてから微かな吐息と、呟きが発された。
「……冷たっ。」
山奥の、静かな湖。人々はここを『白鳥の湖』と呼ぶ。澄んだ水面は美しいが、 生気が感じられない湖だった。そもそもこの乙女は、この湖で白鳥など拝んだ事 はない。
その乙女は小さな湖の浅瀬に腰までつかっている。地上で腰を遥かに越え太股ま で及んでいる黒髪が水面に流れ妖しく雅なうねりを描いていた。垂れ下がる髪の 影に見え隠れする上半身には何も身につけていない。
乙女は水の中から生まれた女神と見間違う程妖艶な美貌である。一目で、異国の 血が混ざっていると判断出来た。混じり気のない闇色の髪、黄褐色の瞳。背丈は かなり長身だろう。白すぎない肌に柔らかく曲線を描いた大きな瞳、うっすら赤 みをおびた唇。水しぶきを浴びた身体は無駄な脂肪は一切なくほっそりとしてい る。なのに乳房や尻などは四肢じゅうの肉を全て集めた如くふっくらしていて文 句のつけようがなかった。都でも滅多にお目にかかれない並外れた美貌を持つこ の乙女の名は、フロウ・クリア。
フロウは軽く身震いして湖の岸へ向かって歩いた。水から上がった全ての四肢を 風が冷たくもて遊ぶ。春の初めの早朝は、やはりまだ少し冷える。だがフロウは 裸体のまま岸辺にしゃがみ、揺れる水面に映る自分を覗き込んだ。
裸体でいる恥ずかしさは殆どない。そう言った乙女らしい感情を抱くにはフロウ の育った環境は悪すぎた。揺れる水面に映る分身に、彼女はそっと溜息をつく。
水の中で語り歌を歌う、これがこの田舎村の巫女であるフロウの毎日の勤めだっ た。今日で、最後になる。フロウは今日、生まれて初めて村を出るのだ。多分、 二度と帰って来ないだろう。
フロウはこの村の長である父(普通国には村や里を管理する下級貴族がいるが、 こういった人の手が殆ど届かない場所はそこで権力が強いものが治める。)の話 を思い出した。
『…お前は、未来の王の妃になれるぞ。』
数年ぶりにフロウを自宅に呼んだ父の言葉に、最初は何の間違いか、と思ったも のだ。
何かの間違いでしょう?王の妃?あたしの様な田舎者がそんな者になれるはずは …。
しかし父は何処までもしたたかに言った。
『それなら自分の目で確かめてくればよかろう?』
「……父上も急なんだよ。」
思わず、呟いてしまう。今まで散々巫女は結婚出来ないだとかうるさく言ってい た癖に。フロウは微かに残る肌の爪痕や痣を見やり、振り払う様に目を閉じた。
そしてやっと着替えに手を伸ばす。
麻で粗く編まれたドレスを手にとると、カラン、と乾いた音が響いた。小さな光 源が土に落ちる。フロウはあわててそれを拾い、しっかり胸に抱き締めたのだ。
始まりの日の風は、水っぽくて、切なかった。



ほどなく立派な馬車でフロウは南東を目指した。
見たこともない程上質な服を着て今日も馬車に揺られる。
「もうすぐ栄光の都グローリーに入ります、お疲れでしょうが、もうしばら くご辛抱下さい。」
馬鹿丁寧な敬語を使う御者にフロウは曖昧に頷いた。
都に近づくにつれ、周りの建物や往来の装飾はますますきらびやかになっていく 。しかしそのどれもがフロウの心を捕える事はなかった。



それでも、今はましだったと思う。
なんてうるさい場所なんだろう、城内の行き過ぎた出迎えを見てまず感じた事だ った。
一生名を聞く程度だと思っていたウエストリア城。造られた草木と白い石造りの 道……あと数十歩で棟に足を踏み入れる。
入口の段に足を掛けた瞬間、中から歓声がわいた。
「あれが新しい皇太子妃様?」
「田舎の人だと聞いたけれど…意外に…」
(あぁ、確かに田舎の人だよ。)
歓声に混じるこう言った批評にフロウは心中冷ややかに言い返した。それでも引 きつりがちの笑みを浮かべる余裕はある。
舞、声、そして笑顔。
フロウには後世まで語られる伝説がある。今上げた彼女の三つの物に不用意に近 づくと、どんな男でも骨抜きになってしまったという彼女の美質を皮肉った物だ 。しかしそこまで程度は強くなくても、フロウの笑顔は人間の感情を激しく揺さ ぶった。だが王宮での効果は予想だにしないものである事を彼女はまだ知らない 。
「ようこそウエストリア城へ。私は百合の棟…これからあなた様が暮らす事にな るであろう宮の侍女長官、ヒラヤンニでございます。特に問題なければそちらに 案内します、何かあられますか?」
「いいえ…」
聞かれたにも関わらず何も聞くなと言われた様な口調にフロウは曖昧に頷いた。
これが…都なのだろうか、不本意に物を尋ねてはならないというのが。
しかし例の百合の棟に連れていかれたフロウはさすがに口を開いてしまった、そ れはもう、あんぐりと。
「これがあた…私の部屋?」
「ええ、何か。」
「何かって…広すぎる。」
そして高すぎる、値段が。今日この日までまともに真の宝石など見たことがなか ったフロウには柱の装飾にいくつかの小さな宝石が埋まっているだけで衝撃的で ある。その上彼女はこの棟が城の数ある棟の中で一番地味・・な事を知らな い。
「……元々ここは第一王女様がお使いになっていた場所ではありますが、別に広 すぎるという事はないでしょう。」
「第一王女様?今はいないの?」
侍女、ヒラヤンニの足が止まる。
「……これだから田舎の人は嫌なのですわ。」
「悪かったね、知らないものは知らないのだから。」
「口をお慎み下さい、いつもより注意していようとも育ちの悪さは隠せません。 」
あぁそうかい、フロウは心で返した。きっとこの侍女にとって田舎の人はそれで 人くくりなのだ。そもそもフロウの口が悪いのは特殊で他の村の女達はそんな事 はないのに。あたしのせいで皆に入らぬ誤解を与えたかもしれない。
さて、フロウは更に自分という人間の優れた上の辛さを思い知る事になる。
棟に落ち着いたと思ったらすぐお召しかえだなんだで着替えさせられる。これ以 上口ごたえすると本気で怒られる気がしてフロウは大人しく従った。
が、新たに二、三人加わってフロウに成された着替えは、決して丁寧なものでは なかった。最初のうちは普通だった気がするのだが、服を脱がされ、また新たに 着付けられる過程でだんだん乱暴になっていくと言うか。引っ張る様に髪を櫛削 られつつ、フロウは今日幾度目かの溜息をついた。
(なんて心が狭い人達なんだろう。)
雰囲気で、その原因は嫉妬であると分かる。フロウの容姿は確かに文句がつけよ うもないものだ。しかしフロウとて自分の好きでこの顔に生まれたわけではない 。ついでに姉達も綺麗だったし、この容姿のせいで嫌な目にあう事も少なくない 。
目の前に据えられた鏡の中にきらびやかに飾り立てられてもちっとも嬉しそうで ない自分がいた。全体的に飾り気のないドレスだったがよく見るとその細やかで 精巧な細工に驚く。惜し気もなく貴重な人魚の涙パール龍の泪石ドラゴ ン・ティアーを散りばめたそれは紛れもなく一級品と言えた。
「ヒラヤンニ様、大変です!!」
突如鏡の中にある扉が開き、まだ年若い侍女が姿を表す。
「品位がなっておりません、何です?マラナ。」
マラナと呼ばれたその侍女は先輩の叱責も耳に入らないほど動転しているのが見 てとれる。彼女は更におろおろしながらこう言った。
「こっ皇太子様が…こちらへ。」
「…な、なんですって!?婚姻は明日のはずでは…」
「はい、ですがクロウド様が早く会いたいと誰の言葉もお聞きになさらず……ほ ら、いらっしゃいました」
瞬間、フロウの周りに集った侍女達が一斉に膝をついて頭を垂れた。突然の事に フロウは出遅れる。そのまま鏡の前でつっ立ったままだ。そこに悠々と、数人を 引き連れた若者が近づいてくる。
初めて見た“国一高貴な色彩”の青年にフロウは思わず瞳を奪われた。



「まだ名乗っていなかったな、私はクロウド・ウエストリア。この国の皇太子だ 。」
柔和な顔立ちの青年は椅子を勧めゆったり笑った。
立ち尽していたフロウを連れ隣の室に入った彼は窓脇の小さなテーブルでポット を取り上げる。
「そなたの名は?」
「……フロウ・クリアです。」
フロウは自分の名前が嫌いだった。まるで自分と正反対だから。 「ああ、そう聞いてはいたが。まさかこれほど美しい女性とは思っていなくてね 。」
金蓮花の紋章を描いた器に薄い茶が注がれる。水面に天井と同じ紋様が浮き出し た。皇太子は盆に二つそれを載せ、片目をつぶってみせた。
「私が調合ブレンドした葉茶だ、趣味な一貫なのだが飲んでくれるかい?」
「あ、はい喜んで。」
フロウは器を受け取ると唇に寄せる。だが意識はまるで違うほうにあった。
(この人……すっごい女を扱い慣れている。)
皇太子クロウドは予想より遥かに若く、美しい青年だった。その形容はまさに美 人、や綺麗に当てはまる。人とは思えない輝く銀色の髪、憂いをおびた紫、藤色 の瞳。長く艶やかな髪は後ろできちんとまとめ横に流した前髪もよく似合ってい る。
顔立ちもフロウに負けず劣らず整い、鼻筋が通っていて、何処か女性的な雰囲気 を漂わせる。紛れもない美青年で更にその上に育ちの良さがある。
「味はどうだい?」
「……美味しいです。」
到底王太子が炒れたものとは思えない風味豊かで上品なお茶は実はあまり口にあ わなかった。フロウ実際この日人生初“茶”と呼ばれるものを口にしたのだから 無理もない。
「声まで綺麗なのだね、天もここまでの人を与えるだろうか」
皇太子は楽しそうに笑ったが、フロウは心の中ででもあたしの口調ではそれは台 無しなんだよ、と呟いた。
どうやらフロウの容姿は相当彼のお気に召したらしい。それはフロウにとって好 都合だ。
「皇太子様だって、人の事おっしゃれないでしょう?」
フロウは敢えて重苦しい表現を避けた。
「皇太子様、私、お尋ねしたい事があるのですわ……答えてくださらない?」
先程までのどもりはなんのその、フロウの唇から妖艶な誘い文句が溢れ出す。そ う、結局王太子とて“男”なのだ。フロウは瞳を見開いてクロウドを見つめた。
フロウは王太子の女慣れさながら、男慣れしている。本人は気づいていないが今 回は美しい素質に合わせ最高級に磨き飾られたというおまけつきである。
「ああ……なんだい?」
流石に美しい王太子も戸惑いを露しないよう、注意深く口を開いた。美麗な顔立 ちが多少ひきつっている。
フロウはまるでそれに気付かない風を装い、最高級の口説き文句を久しく唇に載 せた。
「どうして私を…選んで下さったの?」
フロウの耳飾りの人魚の涙パールがゆらり、とうなじにかかった。



パタン、静かに扉を閉ざす音が響く。
扉の前でそれを確認したフロウは、ゆっくり頭を垂れた。重い扉にそっと寄りか かる。
王太子は、話した事は全て真実だろう。そもそも好んであんな嘘をつくはずはな い。
「予想は…していたけどさ。」
こんな村娘が王太子妃になるなど、裏があるに決まっている。今回の裏はまさに フロウにふさわしい最悪の結末だ。
『……だから残念でならないが君に残された時間は……でも美しい盛りで消える のも物語のようで美しいではないか。私も君を手放すのは惜しいが…そうだな、 今日の夜、君を訪ねよう。時間が限られた美人と過ごすのは片時も惜しいが…』
(いい、別にあたしにここにいる“意味”はない。そんなら死んだって構わない 。)
それでも、胸にこみあげてくるものがある。フロウの頭にまた人影がよぎった。
『お前を待ちうける運命は残酷だ…だから私は最初お前に近づいた。私がいなく ともそれを忘れるな…願わくは…』
「…やっぱ無理みたい…。」
衣服を朱に染めて息絶え絶えに言った彼の夢は…叶いそうもない。
(ごめんなさ い…プラタ…)
大切な者を想った瞬間、フロウの身体は突然の衝撃をうける。
「きゃっ!」
思わず悲鳴が飛び出す。何者かがフロウを付き飛ばした。フロウは力なく廊下に 投げ出される。
「…ったぁ…誰?」
思わずいつもの口調が口についた。気づかずにフロウはそのまま悪態をつく。
…すると目前にすっと手が差し出された。
「大丈夫か?」
フロウは驚いて面を上げる。
「すまなかった、少し考え事をしていて…」
「…あ、いえ…。」
フロウはありがたくその手を借りて立ち上がった。しかし目線だけはその人物か ら離せない。
(うわ…すっごく綺麗な女性ヒト…。)
その女性はフロウの瞳を見て穏やかに笑った。何処かで見た笑みだ…理由をすぐ 思い当たる。この女性は、かの王太子によく似ていた。
(王太子様の…妹、かな?)
しかし彼女はあの王太子を軽く飛び越える程の美貌だった、女性だからだろうか 。さらさらとした銀髪に高い位置で簪を飾り、肩に流れた後ろ髪は長く、つやつ やと光を放つ。背丈は女性としてはかなり長身のフロウよりも指二、三本は高い 。女性にしてはしっかりとした造りの身体つきだが、線が細いのが女性らしい。
フロウに比べ肉付きはあまり良くないが、それが何処か中性的な雰囲気をかもし だし、よく似合っている。
「ところで…あなたは?」
女性が不思議そうに首を傾げたのでフロウはあわてて口を開いた。
「あたしは…じゃなくて。」
自然と口調が戻ってしまい口元を押さえるフロウに女性はおかしそうに、だが優 雅に笑った。
「その話され方のほうがあなたらしくていい、そちらで構わない。あなたは私の 知っている者に良く似ているのだが…雰囲気がだいぶ違う様だ。」
フロウは恥ずかしさに軽く赤面したが、再び口を開いた。
「あたしは…フロウ。フロウ・クリアよ。」
「綺麗な名前だな。私はへヴン・ウエストリア、少しあなたに尋ねたい事がある のだが構わないだろうか。」
「…いいよ。あたしにわかる事があるとは思わないけど。」
フロウが承諾すると女性は少し嬉しそうに話し出した。女性にしてはきびきびとはっきり話す口調は好感が持てる。
「ではフロウ、実は私は人を捜している。兄上……いや、王太子様がどちらにい らっしゃるか、知っているか?」
「…あぁ。」
さっきまでは一緒にいたのだが。やはり彼女は彼の妹らしい、もっと早くいって くれれば喜んで相手を譲ったというのに。
「急ぎの用事?」
フロウが尋ねるとへヴンは綺麗な顔立ちをなんとも言えないという風に曇らせた 。
「そうでもないのだが……私はこの場にあまりいるべきではないと思うんだ。」
ふ〜ん。何となく聞いていたフロウだが、瞬間、ある考えが脳裏を駆け巡る。
「へぇ…なら、いい方法があるよ。今夜絶対彼に会えるという。」
それを聞いて へヴンは瞳を輝かせた。
「どんな方法だ?」
フロウは不適に笑った。



クロウドが百合の棟の寝室に足を運ぶとそこは既に闇の住む所だった。
新妻は、もう眠ってしまったのだろうか。しっかりと予告もしたはずだが、それ が故郷いなかのやり方なら甘い声で優しく叩き起こすまでだ。
クロウドには別にあと二人妃がいる。王を継ぐものは髪と瞳の色彩の保存目的で 複数の妃を持つ事が許されているし、父にも三人の妃がいた。だがクロウドには まだ子どもがなく、クロウドの後を継ぐ者はまだ決まっていない。
本当はさっさと王になってしまいたいものだ。だが王になるには次の王太子を指 名せねばならない。今、次の王太子になる権利があるのは…たった一人。だがク ロウドは彼だけには、王太子を渡すつもりはない。
クロウドは足を進めビロードのカーテンに手をかけた。中にはきっとあの美しい いけにえが眠っている。彼女と夜を共するのは大いに楽しみだった。
しかしすんでのところで、クロウドの手は止まる。
「……クロウドの兄上。」
背中にかかった声クロウドは身をすくませ、振り返った。鼓動が悲鳴を上げる、 声を上げなかったのがせめてもの救いだ。闇に浮かび上がる影を凝視し…鼓動が 落ち着くと、それが誰より忌み嫌う人間である事に憤りを感じる。
「…何故、ここにいる。呪われた弟よ!」
「……兄上は、昔から私の事をそう呼ばれたな。」
弟が近づいてくる。手には燭台が握られていた。照らされるのは幼い頃嫌いで仕 方なかった女性のまるで生き写しの面差し。
しばらく見ないうちに小柄だった彼の背丈は自分と変わらなくなっていた。クロ ウドは思わず後ずさる。
「私は、それを聞きにきた。その“呪われた王子”という言葉の意味を。」
「……知らぬのか。そうだな、化け物というのは自らそれを知らぬというしな。」
淡々と尋ねるへヴンを兄は軽蔑するように、だが恐れ、脅えるように答える。へ ヴンはそれに違和感を感じた。
「私を化け物と言うならその理由を教えて下さい。」
「馬鹿らしい、私にはお前に取りあっている暇はない。」
クロウドは弟の言葉をにべもなく切り捨てた。
へヴンは微かな苛立ちを覚える。物心ついてからこの兄には良い感情を持ち合わ せた試しがない。口調も、自然と荒々しさを増す。
「では、聞く。何故兄上はそれほど脅えている?私は別に兄上に何かしようとし ている訳では…」
「嘘をつくな、呪われた王子よ!」
クロウドは狂った様に叫ぶ。
「私は知っていた、いつかお前が私を滅ぼしにやってくると。あの女の腹から生 まれ、我が母上を騙し取り入り大切に育てられたお前が悪魔である事を私は知っ ていた。」
「…母上は私に名前を与えて、大切に育ててくれた。だが私は騙したつもりなど 。」
「母上も愚かな事よ。お前など捨てておけばいいものを、そして自分の子どもで もない偽の王女を可愛がって…」
「母上を侮辱するな!」
へヴンの瞳にとうとう怒りが宿った。この兄はこの後に及んで自分の母を侮辱す るなど。
だがクロウドは更に鬱蒼と、気味悪く笑った。
「お前とお前の母が母上を壊した!理由を教えてほしい?教えてやろうとも、お 前の母はライズ家に生まれた“生まれそこない”、そしてお前は…終末の王子よ !」
「くっ…」
知りたくて、でも知りたくない真実をへヴンは理解した。瞬間、絶えざる怒りが とうとう爆発する。
王宮に…閃光が走る。



寝室は跡形もなく失せた。残されたのは…へヴンと、意識を失った王太子、そし て美しい乙女、フロウ。
へヴンはその場にしゃがみこんだ。妙に虚しい気持ちで…ここには、大好きだっ た姉が暮らしていた。幼い頃、母と三人でよく遊んだものだ。
「…へヴン。人が来るよ、早く逃げないと。」
「…ああ。」
フロウの声がへヴンを立ち上がらせた。王太子を殺さなかっただけ良かった…フ ロウがかばってくれなかったらどうなっていた事か。
「フロウ、すまなかった。」
「いや…でもひとつ頼みを聞いてくれる?」
フロウは優しくへヴンの衣服に残った残骸をはら
ってくれた。それから真っ直ぐ へヴンの瞳を射る。
「逃げる時、あたしも連れていって。あたしはあんたについていく。」



乙女は、外に出る事を決めた。
いずれ自分が殺す事になる少年と共に。

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